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大橋弘枝さんを知ってるかい? 

昨日夕方、日テレのバンキシャを見ていたら、
こんな人の名前が。。。

大橋弘枝 

フムフム、聞いたことがあるぞ。
誰だっけ?

番組が進むうちに!
思い出した!

以前、教育テレビでやってる手話の番組で紹介されてた人だ!

で、大橋さんがどんな人かというと。。。




 大橋弘枝さん(33歳)。明るく活発な彼女と話していると何気ない風景のようだが、実は彼女は生まれつきほとんど聴力がない。会話は相手の唇を読むことで成立している。
 彼女の両耳の聴力レベルは100デシベル。一般に25デシベル以上が難聴とされるが、彼女は最も重い聴覚障害のレベルに属している。そんな彼女が目指すもの、それは表現者だ。
 弘枝さんに聴覚障害があることがわかったのは彼女が2歳の時。母親の真砂子さんは娘の耳が良くなることがないとわかった時、手話ではなく口話法(相手の唇を読み、言葉を発する会話法)を選んだ。しかし、聞いたこともない言葉を話せるようにする口話の訓練は、あまりに大変なものだった。

 姉の由枝さんは、自分が幼稚園の時にはすでに猛特訓が始まっていて、家中に言葉カードや会話の訓練をする道具があり、四六時中口話の訓練を続けていたと当時を振り返る。
 母親の猛特訓の甲斐があり、弘枝さんは聾学校ではなく普通小学校から中学、高校へと進学した。しかし高校3年で初めての壁にあたる。進路指導で、美容師になりたいと言う弘枝さんに、先生は「顔が見えない時に客に何か言われたらどうする?サービス業だぞ」と、諦めるように言われたのだ。
 それまで健常者とまったく一緒に育ったきた弘枝さんにとって、初めて感じた差だった。

 結局、学校の紹介である企業の工場に就職した。夢を諦めざるを得なかった弘枝さんだが、ここで新たな出会いがあった。それは手話だった。聴覚障害を持つ人と職場で知り合い、彼女とコミュニケーションを取るために始めた手話が、思わぬ世界を広げることになったのだ。
 口話では、言葉をきちんと読めたか不安になったり、会話を楽しむことができないという。しかし手話は、言葉が目に見える。理解できるために言葉がどんどん出てくるのだという。
 手話で世界を広げ、友人たちと多くを話すようになった弘枝さんだが、図らずもそれは声を出して話すように育ててきた母親の思いに背を向けることになった。始めから手話を教えてくれればよかったのに、弘枝さんはそう思ったのだ。

そんなある日、彼女を大きく変える転機が訪れた。ジャケットが気に入って借りたCDを聞いていた時だ。それまでも音楽に触れようと何度も試みたが徒労に終わっていた。しかしこの時のCD、ジョン・レノンの「イマジン」は今までとは違う何かを弘枝さんに伝えた。
 「みんな一緒になってひとつに結ばれよう」というテーマが自分の求めていたものととてもマッチしていて、歌詞を見て涙が止まらなくなったのだ。この時彼女は、音楽には人を変えさせるパワーがあることを強く感じた。
 「イマジン」の英語の歌詞を直接感じたいと思った弘枝さんは、アメリカ手話を学び、「イマジン」を手話で表現することを試みた。

 そして口話の技術を活かしてジョン・レノンの口元を真似てリズムとテンポを覚え込んだ。1ヶ月後、ついに手話で歌う「イマジン」をマスターし、数人の友人の前で披露した。友人達は「すごい!」と驚いた。弘枝さんが初めて自分が感じた思いを表現した瞬間だった。
 これをきっかけに人を感動させたいと、彼女は職場を辞めて手話劇団に入団した。アルバイトをしながら芝居の勉強を始めた。さらには試行錯誤の末、脚本・監督・制作・主演をすべて一人でこなす自主映画まで作り上げてしまった。姉への思いを綴った「姉妹」という60分の映画は、全国規模の映画コンクールに入選し一般上映もされた。
 1998年、さらなるチャンスが訪れた。俳優座劇場プロデュースの舞台「小さき神のつくりし子ら」で主役(ろう者)に選ばれたのだ。

 舞台は評価され、彼女は第7回読売演劇大賞優秀女優賞に選ばれたのだ。音の聞こえない状況での演技は大変なのではないかと聞くと、稽古の流れで覚えておけば大丈夫だと言う。
 弘枝さんは、さらに表現する領域を広げるべくアメリカに留学した。アメリカには国立のろう者のための演劇組織があり、国際的なワークショップがあることを知り、すぐに行くことを決断したのだ。英語の手話はほとんど初心者であり、授業についていくのは大変だった。しかし持ち前チャレンジ精神と明るさで日々の課題をクリアしていった。
 そしてある日、彼女はクラスメートを介して知り合った聴者と会話をしている時に「君の声はかわいいね。とても幸せにしてくれるよ」と言われた。

 自分の声を知らない弘枝さんは、最初はピンとこなかったというが、そういうほめ方もあるんだ、ととても嬉しくなったという。そして口話を使うことへのわだかまりも消え、自分の声・表情・体全体で表現することの大切さも知った。
 帰国後のある日、実家に帰った弘枝さんは小学校の頃につけていた日記を見つけた。口話の訓練に明け暮れる日々が綴られていた。そして、素直に思い出せなかった記憶がよみがえった。若かった母が、娘の人生を想い努力する姿だった。彼女の声は、まさに母が与えてくれたものだったのだ。
 ハートで伝える、これが弘枝さんが辿り着いた究極の表現方法。舞台女優として新たな道を見つけた弘枝さんだが、彼女の挑戦はまだ続いている。

 新たなる表現の道は、ダンスだ。彼女はダンスチームのリーダーを務めている。聴者とろう者が一緒にパフォーマンスをするダンスユニット「ゼロ」で振り付けもやっている。
 彼女に、聞こえていたら表現者になっていたか、という質問をした。するとありえない、平凡な人生で終わっていたという答えがかえってきた。聞こえないことで悔しい苦しい思いをたくさん持っているので、それが何かを表現するプラスになっていると考えているようだ。
 彼女の人生に大きな影響を与え続けた母・真砂子さんへの思いは彼女の自伝「もう声なんかいらないと思った」(大橋弘枝著:出窓社刊)にも幾度となく出ている。

 真砂子さんの固い決意があったからこそ表現者となった弘枝さんがいるのだ。
 8/7、かつしかシンフォニーヒルズで新たな挑戦があった。日本の聴覚障害者支援団体「WE」と全米を代表するろう者のダンスグループ「ワイルドザッパーズ」の共同企画で、「ウェストサイドストーリー」の舞台が披露された。弘枝さんはヒロイン・マリアを見事に演じきったのだ。
 今弘枝さんは、いっぱいの種をまいているという。何でもいいからとにかくいっぱいまいて、10年後にその種がどういう風に自分の中に生えてくるのかが楽しみなのだという。彼女の挑戦はまだまだ続く。



実は上記の文章、フジテレビのアンビリバボーのHPに載っていた物です。
この番組でも取り上げられていたんですね。


そんな大橋弘枝さんは、現在女優・ダンサーとして堂々と舞台に立っておられます。
彼女が書いた本「もう声なんかいらないと思った」をアレンジしたミュージカル「Call Me Hello」に自ら主演するそうで、
そのことが、昨日のバンキシャで放送されてました。

もう1回目の東京公演は、2月4日に演じられ大好評のうちに幕を閉じました。
でもこれから、大阪と横浜での公演が予定されてるそうです。

大阪公演は 2006年8月19日
横浜公演は 2006年8月25日~27日

です。お近くの方は是非見に行ってください!

しかも、現在この2回の公演に出演するダンサーを募集してるそうで、
もしかして、出てみたい!と思われる方がいらっしゃいましたら
下記のサイトまでどうぞ!
zaraももう少し若くて、養うべき妻子がなければ。。。

http://www.ne.jp/asahi/hiroe/home/musical.html



もし、まかり間違って、このzaraのブログからそのことに気が付かれて、
舞台に立つ人が現れたら、気絶するくらい嬉しいんですけど。。。
いないかなぁ。。。

もし、まかり間違っちゃたら、コメントしてね!







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すきあらば

もう一度演劇をやってみたいとは思います。
が、演劇も簡単ではないです。
やればやるほどどつぼにはまります
なんでもそうなんでしょうけどね。
でも、この方は素晴らしい。お母さんも素晴らしいと思いました。
伝えたいという気持ち(基本)をいつも忘れずに持っているからです。
演劇に限らず、誰にでもいえることです。
障がいがあろうとなかろうと、これは誰にでもいえることです。
zaraさんなんだか嬉しいな、ありがとう。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ぷちさんへ☆

そうか、舞台に立つ最右翼はぷちさんか!
とは言え、子供を抱えて、今から女優に転進って訳にも
行かないかぁ。。。

でもぷちさん、またバンドでは舞台に立つんでしょ?

(*^-^*)

もちろん☆⌒V(*^∇゜)V ブイ!

口話法

大橋さんがなさっていらっしゃるのは、ライシャワー大使の妹さん、プリシア・ライシャワーさんが、アメリカから持って帰ってきた口話法です。私の祖母もその方法を宣教師のクレーマー女史から学んで、相手の口の動きだけで読み取り会話ができるようになりました。私は祖母の口話法を自然なコミュニケイションだと思って育ちました。手話が大手を振っている昨今において、大橋さんのように口話法を使用して活動している方がいらっしゃることを知って嬉しかったです。口話法と表現力との関係については、マリカ著「『ジャズダンス、誰が踊りを伝えたか』の中の『ルイジ・ブック』の章で紹介されています。

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